SNSを眺めていると、文の途中が記号や丸で隠されていて、文脈を読まないと意味が分からない投稿に出会うことがある。
それが当たり前のように流通している空間を見て、伏字界隈という言葉が使われることが増えてきた。
伏字は昔からある表現だけど、今のSNSでは、単なる隠しではなく、独特のコミュニケーション手段として機能している。
この記事では、伏字界隈をマナーの問題や是非論で切るのではなく、なぜ伏字が多用され、どんな心理や構造がそこにあるのかを整理していく。
見えない部分に何が詰まっているのかを、少し引いた視点で見ていこう。
伏字界隈は何を指す言葉なのか
伏字界隈とは、SNS上で特定の言葉や名前、出来事をあえて伏字にして語る文化や、その使い方を共有している人たちをまとめて指す言葉だよ。
対象になるのは、人名、作品名、炎上案件、批判対象、個人的な感情などさまざまだ。
明確なグループがあるわけではなく、伏字を使うことが前提になっている空気そのものが、界隈として認識されている。
本人たちは界隈を意識していないことも多く、外側から見たときに、伏字が多い空間として名付けられている場合がほとんどだ。
伏字界隈はどんな文化やノリに見えやすいのか
伏字界隈は、分かる人には分かる、察する前提の文化として見られやすい。
はっきり言わないことが優しさだったり、安全策だったり、空気読みとして機能している。
直接書かないことで、検索に引っかからない、本人に届きにくい、話題を限定できるといった利点もある。
言わないこと自体がメッセージになるのが、この文化の大きな特徴だ。
伏字界隈はなぜ広がったのか
伏字が広がった背景には、SNSの監視性と拡散性の高さがある。
名前を出した瞬間に、検索で拾われ、文脈を切り取られ、想定外の人に届いてしまう。
そうしたリスクを避けるために、伏字という曖昧さが、安全装置として使われるようになった。
自分の発言の届く範囲をコントロールしたい欲求が、伏字文化を支えている。
伏字界隈はなぜやばいと思われるのか
伏字界隈にやばいと感じる人が多い理由は、情報が半分しか提示されない点にある。
誰のことか分からない、何が問題なのか見えない、でも感情だけは伝わってくる。
その状態が、内輪ノリ、匂わせ、排他的と感じられやすい。
文脈を共有していない人が、置き去りにされやすい構造が、界隈特有のやばさを生みやすくしている。
まとめ
伏字界隈は、隠したいから生まれたというより、見えすぎるSNS環境への適応として生まれた文化だ。
直接言わないことで守れるものもあれば、伝わりにくくなるものもある。
この界隈を理解するポイントは、伏字そのものではなく、なぜ伏字にしなければならないと感じているのかを見ることだと思う。
伏字は逃げでも意地悪でもなく、不安と距離感の表現として使われている場合が多い。


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